2009年05月04日
忌野清志郎さん
清志郎さんと言えば、
デビュー曲「ぼくの好きな先生」が印象に残ってます。
最初は3人組で、フオークテイスト。
ちょっと、ラグタイム風のサウンドでした。
その後、しばらくなかずとばずで10年ほどたって、古井戸のギタリストなどを加え、バンドをロック
バンド編成にして、ヒット曲を出しました。1980、81年ごろ?かな。
ロックと言っても、アメリカの歌手オーティス・レディングさんのサウンドをお手本にした古いリズム&
ブルースサウンド。
私も大好きなサウンドですけど。
それと、タイマーズの時の「デイドリーム」の日本語訳のCDも印象に。
想像ですけど、事務所または、プロサューサーなどしっかりした人が彼を
バックアップしてたんじゃないかと思います。
長い間、ご苦労様でした。ありがとう。
Posted by 植松淳平 at 20:20│Comments(3)
│音楽の話
この記事へのコメント
清志郎さんむちゃむちゃ好きでした
僕の好きな先生はじめそれこそ人生の中に
何度も登場してきて助けてくれた数々の歌
ちこの心の友でした…すっごく残念なことです…が
亡くなられても私たちの心の中での存在は
消えることはないのですから…
この間のライブでいできちさんデイドリーム歌って
くれてましたよねぇ
実はかなり嬉しかったのです
こんな風に歌い続けて聴き続けていきたいですね
心の財産として・・・
僕の好きな先生はじめそれこそ人生の中に
何度も登場してきて助けてくれた数々の歌
ちこの心の友でした…すっごく残念なことです…が
亡くなられても私たちの心の中での存在は
消えることはないのですから…
この間のライブでいできちさんデイドリーム歌って
くれてましたよねぇ
実はかなり嬉しかったのです
こんな風に歌い続けて聴き続けていきたいですね
心の財産として・・・
Posted by ちこちゃん at 2009年05月04日 21:27
忌野清志郎さんで、一番良く覚えているのは、
資生堂だったか・・春の口紅の宣伝の「ロックン・ルージュ」のCFです。
坂本龍一さんとジョイントで歌っていて、フィルムもイカしてました。
まだ後20年は、健在でいて欲しかったな。
資生堂だったか・・春の口紅の宣伝の「ロックン・ルージュ」のCFです。
坂本龍一さんとジョイントで歌っていて、フィルムもイカしてました。
まだ後20年は、健在でいて欲しかったな。
Posted by のりちゃん at 2009年05月05日 01:18
ちこちゃん
清志郎さんを生で見たことがないので、ああやこうやとは
言えないんですけど、
アメリカ南部のロックサウンドをベースにしても趣味的に
終わってしまうのが、ほとんどですけど、それを商業的に
も成功させてしまったのが、
彼のすごいところ、彼の魅力でしょうかね。井上陽水さん
と、いっしょに作った曲もありました。
のりちゃん
「いけないルージュマジック」でしたかね。
シンプルだけど、なんか妙に印象に残る
メロディーでしたね。
清志郎さんを生で見たことがないので、ああやこうやとは
言えないんですけど、
アメリカ南部のロックサウンドをベースにしても趣味的に
終わってしまうのが、ほとんどですけど、それを商業的に
も成功させてしまったのが、
彼のすごいところ、彼の魅力でしょうかね。井上陽水さん
と、いっしょに作った曲もありました。
のりちゃん
「いけないルージュマジック」でしたかね。
シンプルだけど、なんか妙に印象に残る
メロディーでしたね。
Posted by 植松淳平 at 2009年05月05日 08:36